昨年、母の日のこと
5月12日、私たちは母に花をプレゼントした。
歯医者の帰りに家の近くの花屋さんで買った。
姉と2人で買った。
姉は私よりも2つ上の浪人生だ。
きっと今年こそは目標の国公立大学に受かるだろう。心配で不安もあるが、きっと姉の努力は報われるだろう。
それに、私が不安だと思っていてはいけない気がする。
姉の方はどうしてこうも、明るく振る舞えるのだろうか。それがたとえ見栄だとて、簡単にできることでは無いと私は思った。
良いだけ悩んで、2人して花屋で
あーだこーだ言いながら素敵な花束になった。
メッセージカードを1枚どうぞ
と店員さんが言ってくれたので、その場にあったペンを借りて、令和元年と姉が書いた。
なんとなくそれだけでは寂しい気がしたので、
私は余白いっぱいに理由もなく、
ただ焼き鳥のネギマの絵を描いた。姉はそれを見て、なんでそれ描くんだよとぼやきつつ、
ネギと肉に色をつけてくれた。
綺麗にラッピングされた花束を抱えて、私たちは店を出て家へと向かった。
とても快い天気だったが、風がいつもより強く吹いている気がして、
花束が、花束が、と2人して、
まるで赤子を守る母親みたいに騒いでは青信号の点滅に急かされて走った。
姉がふと、つぶやいた。
これもなつかしくなっちゃうんだね。
少し戸惑ってから、私は
そうだね、なんか切ないね。
と言い返した。
でも、私はきっと、本当の切なさを未だわかっていないと思った。
私たちはこれからもずっと、こうやって姉と妹で、
元気なカマチョと、
素っ気ないカッコつけ野郎で。
その素っ気ないカッコつけ野郎は1人が好きで。でもそれはまだ、元気なカマチョの存在が、同じ家の中にあるからで。
どうなってしまうのかな、これから。
ずっと素っ気ないカッコつけ野郎でいられるだろうか。
寂しい寂しいと姉は言う。
けど、と私は思った。
きっと、
この人は寂しいとか言いながら、格好よく生きていくんだろうと。格好つけても格好つかない妹を思いやりつつ、どんな高さのハードルも頑張って越えていく。
きっと格好いいに決まってる、その姿は。
頑張り続けられる人だという事はとっくの前から知っている。生まれた時から、ずっと見てきた。
素っ気なく、冷静に、格好よく。
私は、いつしか、姉のひたむきさと張り合うことを諦め、代わりに、自分を装う事で、気休めしようとしていたんだろう。張り合ったって、
こんな人に勝てない。そう思った。
せめて、見た目だけでも、2歳差ぐらいの格差で収まるように。
私が今まで遊んできた時間を、
今悔いたってもう遅い。
今日も私は、元気なカマチョでいてくれる
2歳年上のこの人に素っ気ない。
家がもうすぐそこになった時、
姉はなんの気なく、突拍子もないことを聞いてきた。
私がいなくなったら寂しい?
私はこう言った、いつも通りの感じで。
え?うん寂しくないと思うよきっと。
ずっと何も変わりないと思う。
姉は、え〜ショック〜とか言ってヘラヘラと笑った。
顔は見れなかった。
私は先を行く姉の背を見ながら思った。
寂しくならないように頑張るから。
そんな事を思った後で、今更なにを、私はどうしてこうも、素直じゃないんだろうと後悔した。でも、そんな言えるような事じゃないんだと自分に言い聞かせる。
勿論、寂しくなるよバカ!と言って抱きしめたくなる衝動を抑え、ポケットから家鍵をとりだした。
先を歩く姉を猛スピードで通り越して玄関に向かう。私も鍵持ってるのに、と後ろから不服そうな声がしたが気にしない。
鍵穴にさしてひねった。花束を抱える姉の通り道をふさがないように。
私は、ただいまと言った今日をずっと忘れない。
ふわりとカーネーションが鼻をくすぐった。
いつもは言えない言葉が自然とこぼれた。
ありがとう。